院長コラム
Director's column
咳,ずいぶん長く続いていませんか?
「風邪の名残り」では片づけられない長引く咳の正体
秋から冬にかけて「咳が長引いて困っている」という相談が増えてきています。「風邪を引いたあとからずっと」「夜になると止まらない」「笑ったり,話したりすると出る」そんな声をよく聞きます。
実際,咳が続くと睡眠が浅くなったり,授業や仕事にも集中できず,人前で気を使うことも多いですよね。接客中や大事な商談中に咳が始まると止まらないなんて,地味なようで結構きついです。生活の質を大きく下げるといってもいいでしょう。
咳は本来,ウイルスや細菌,ほこりなど,体に入ってほしくないものを外へ追い出すための防御反応です。短期間なら頼もしい味方ですが,スイッチが切れなくなると話は別。体も心も疲弊していきます。
咳が続く期間による原因の違い
医学的には,咳の持続期間でおおよその見当をつけます。
- 急性咳嗽:3週間未満(風邪などや,風邪のあとにつづく咳が多い)
- 遷延性咳嗽:3〜8週間
- 慢性咳嗽:8週間以上
3週間を超えたあたりから,「ただの風邪」ではない可能性を考え始める必要があります。もちろん非常に強い症状なら3週間も様子をみないでくださいね。「これくらいなら病院に行くほどじゃないけど長引くな・・・」と思ったら,それ以上様子をみるのは要注意です。8週間を過ぎた慢性咳嗽では感染症そのものが原因であることは少なく,別の病気が隠れていることが多いのです。
日本で行われたインターネット調査では,こうした慢性咳嗽に悩む人が約300万人と推計されています。ところが,その半数以上が専門医に相談したことがないといわれています。
「まあそのうち治るだろう」と我慢してしまう――それが咳を長引かせる大きな理由のひとつです。そんなときこそ我々呼吸器内科医の出番です。
まず除外すべき「見逃してはいけない病気」
咳が長く続くときまず行うのは胸部レントゲン検査です。これは「肺がん」や「肺結核」を見逃さないため。特に結核は他人に感染する恐れがあり,疑われた場合は慎重な対応が必要です。中高年では,喫煙によって起こるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や,女性に増えている非結核性抗酸菌症なども重要な原因です。どちらも早期に気づけば進行を抑えることが可能です。もちろんこれら以外にも間質性肺炎や気管支拡張症,肺炎や心不全など,レントゲンで見つかる病気はたくさんあります。これらの病気が見つかれば病気ごと,個別な治療方法を選択します。
見つからない場合に長引く咳である「慢性咳嗽」の正体に迫る必要があります。
慢性咳嗽の「4つの主な原因」
胸部X線で異常がなくても,咳の原因は多くの場合突き止められます。
その代表が次の4つです。
① 咳喘息(せきぜんそく)
〈症状〉
夜中や明け方に咳が強く出るのが特徴です。ゼーゼーという音がしないため「風邪の名残り」と思われがちですが,気道の炎症によって過敏になっており,少しの刺激でも咳が出やすくなっています。風邪のあとに始まるケースが多く,温度の変化や笑い,会話で誘発されることもあります。
〈治療〉
吸入ステロイド薬を中心に,気管支の炎症をしっかり抑える治療を行います。早期に治療を始めることで咳を完全に抑えられることも多いですが,放置すれば本格的な喘息に移行するリスクがあります。
〈セルフチェック〉
- 夜中や朝方に咳が強くなる
- 痰はあまり出ないが乾いた咳が続く
- 笑ったり冷たい空気に触れたりすると咳き込む
- ゼーゼー音はしないのに咳が長く続く
② 胃食道逆流症(GERD)
〈症状〉
胃酸が食道に逆流し喉を刺激して咳を引き起こします。食後や就寝時に咳が強くなり,胸や けや喉の違和感を伴うこともあります。ストレスや肥満,夜遅い食事が誘因になることが多く,若い世代にも増えています。
〈治療〉
胃酸を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)が有効です。さらに寝る前の食事を控える,就寝時に枕を少し高くするなど生活習慣の改善も重要です。薬と生活の見直しを並行することで再発を防ぐことができます。
〈セルフチェック〉
- 食後や横になると咳が出やすい
- 胸やけや酸っぱい感じがある
- 夜,寝ると咳が悪化する
- 喉の奥がヒリヒリする感覚がある
③ 上気道咳嗽症候群(後鼻漏)
〈症状〉
鼻の奥から喉に鼻水が垂れ込む「後鼻漏(こうびろう)」が咳を引き起こします。鼻づまりや鼻声があり,夜や朝方に咳が強くなるのが特徴です。花粉症やアレルギー性鼻炎を持つ人に多く見られます。
〈治療〉
抗アレルギー薬や去痰薬を用いて鼻炎を抑え,必要に応じてマクロライド系抗菌薬を投与します。鼻洗浄や加湿を取り入れると鼻と喉の炎症を和らげる助けになります。鼻の治療を並行することで咳が劇的に軽くなることもあります。
〈セルフチェック〉
- 鼻づまりや鼻声がある
- 横になると咳が出やすい
- 痰は出ないが,喉に何か流れ込む感じがする
- 就寝時に咳が強くなり朝方まで続く
④ アトピー咳嗽
〈症状〉
アレルギー体質を背景とする乾いた咳で「喉がイガイガする」「咳が止まらないのに痰が出ない」というのが特徴です。ハウスダストや季節の変化,冷気などが刺激となり,特に夜や早朝に強まることがあります。
〈治療〉
吸入ステロイド薬や抗アレルギー薬で炎症を抑えます。咳喘息に似ていますが気管支拡張薬が効かない点が大きな違いです。正しく診断し適切な治療を続けることで数週間で咳が落ち着くことも少なくありません。
〈セルフチェック〉
- 喉の奥がかゆい、イガイガする
- 痰は出ないのに咳が止まらない
- 季節の変わり目やハウスダストで悪化する
- アレルギー性鼻炎やアトピー体質がある
それでも治らないとき
これらの治療を行っても咳が続く場合「咳過敏症候群」と呼ばれる状態が隠れていることがあります。香水や冷気,会話など,ごくわずかな刺激で咳が出るタイプです。
また,高血圧の薬(ACE阻害薬)が原因となることもあり,薬を変更すると治るケースもあります。
咳を抑えるためにできること
治療を続けるときに大切なのは,「症状が軽くなっても自己判断で薬をやめない」こと。咳喘息では,薬を途中でやめると再燃しやすいことが知られています。
生活の工夫も効果的です。乾燥を防ぐために加湿を心がけ,水分をこまめに取ること。喫煙や副流煙を避け,香水や冷たい空気などの刺激を減らすこと。
また鼻呼吸や腹式呼吸を意識して,喉への負担を減らすことも有効です。
ある40代の女性患者は,夜中に何度も咳き込み眠れず,職場でもマスクの下でずっと咳を我慢していたそうです。診断は咳喘息。吸入治療を2週間続けたところ,「あの夜の咳が嘘のように消えました」と笑顔を見せてくれました。治療で変わるのは体だけでなく表情や声の明るさでもあります。
咳は単なる「音」ではなく,体が発している“声”です。「何かおかしい」と体が訴えているサインでもあります。もしあなたの咳が8週間以上続いているなら,それは「放っておかないで」というメッセージかもしれません。
原因を突き止め,正しい治療を行えば,多くの人が驚くほど早く元の生活を取り戻せます。
咳の向こうには,静かな夜と,深く穏やかな呼吸が待っています。
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