院長コラム
Director's column
Q.今流行っている,マイコプラズマ肺炎とはなんだ??
マイコプラズマ肺炎は,特に若い世代に多く見られる肺の感染症で,初めは風邪のような症状で始まることが多いです。
ただしときに風邪よりもずっと強い症状を起こしたり,稀ではありますが深刻な症状を引き起こす病気でもあります。
Q.そもそもマイコプラズマってなに?
マイコプラズマ肺炎は「肺炎マイコプラズマ」という非常に小さな細菌が原因で起こる感染症です。この細菌は一般的な細菌とは異なり,細胞壁という細胞をつくる壁を持たないため,一般的な抗生物質(ペニシリンやセフェムなど)が効かないという特徴があります。
なぜなら一般的な抗生物質は,細胞壁を壊すことで細菌をやっつける仕組みだからです。こわすターゲットである細胞壁がなければ,当然効かないということになります。
また「マイコプラズマ肺炎」は,「異型肺炎」とも呼ばれます。通常よくみられる一般的なばい菌による肺炎とは少し異なり,
①特に子供から若い世代に多く(高齢者にすくない),
②基礎疾患がない方におこり,
③かなり頑固な咳が特徴的で,
④胸部の聴診をしても音が目立たず,
⑤痰がすくなく,
⑥血液検査で白血球というばい菌と戦う細胞の数が増えない(一般的な肺炎では増えることが多い)などの特徴をもっています。
通常,秋から冬にかけて感染者が増える傾向があり,興味深いことにかつてはオリンピックイヤーに多いと言われていましたが,その特徴は薄れつつあるといわれていました。
が,しかし,2024年パリオリンピックが終わった今,日本で流行し始めているのです。
Q.最近の日本での状況
2024年8月現在の日本でのマイコプラズマ肺炎の感染者数については,国立感染症研究所が発表したデータによると,2024年第32週(8月5日~8月11日)の時点で,マイコプラズマ肺炎の報告数が過去5年間の同時期の平均をかなり上回っています。この感染増加の傾向は第27週(7月1~7日)から続いており,2016年以来8年ぶりの高い水準です。
全国の定点当たりの報告数は1.14人で,特に大阪府(3.72人),東京都(2.12人),佐賀県(2.33人)などで高い数値が確認されています。都道府県によってばらつきがみられ,特定の地域で感染が広がっていることがわかります。
Q.どんな症状がでるの?
マイコプラズマ肺炎の症状は,最初は風邪とよく似ています。発熱,頭痛,全身のだるさなどの初期症状が現れ,風邪ともコロナとも,インフルエンザとも見分けがつきづらいです。その後咳が出始めます。
この咳は痰がらみをともなわない乾いた咳で,最初は軽いことが多いですが,時間が経つにつれて徐々に激しくなります。特に夜間や早朝に咳がひどくなりやすく,マイコプラズマが体内で大暴れし終わり,熱が下がった後も3~4週間,時にはそれ以上にわたって続くことがあります。このためただの風邪だと思って放置してしまうと,症状が長引きつらい思いをすることになります。
また一部の人は耳の痛みや喉の痛みなどの上気道症状をともなったり,また吐き気や下痢などといった消化器の症状をともなう方もいます。
さらにマイコプラズマ肺炎は,まれに重症化して深刻な合併症を引き起こすことがあります。例えば無菌性髄膜炎(脳や脊髄を覆う膜の炎症),心筋炎(心臓の筋肉の炎症),関節炎(関節の炎症)などが挙げられます。
これらの合併症が起こると,もともと若くて元気な方でも,入院が必要になることがあります。
Q.どうやってうつるの?防げるの?
マイコプラズマ肺炎は,主に飛沫感染と接触感染によって広がります。飛沫感染は感染者が咳やくしゃみをすることで放出される細かい水滴(飛沫)を他の人が吸い込むことで起こります。接触感染は,感染者が触ったものを他の人が触ることで,その手を通じて病原体が体内に入ることによって起こります。
ただしコロナやインフルエンザのように次から次に広がっていくと言うほどの感染力はなく,感染がなりたつためには濃厚接触が必要と考えられています。そのため地域での感染拡大の速度は一般的にゆっくりです。
感染が広がるのは,友人や家族間などでの濃厚接触によるものが重要とされています。特に学校や家庭など,いわゆる密な閉鎖的な空間での感染が多く見られます。集団生活をしている子どもたちはお互いに密接に接触することが多いため,感染が広がりやすい状態といえます。
感染してから症状が現れるまでの潜伏期間は2~3週間と長いのが特徴で,自分が感染していることに気づかない間に,知らず知らず他の人にうつしてしまうことがあります。
マイコプラズマ肺炎には有効なワクチンがないため,感染を予防するためには,日常的な手洗いやマスクの着用,消毒といった基本的な感染対策が重要です。特に感染が広がっている時期や地域では,いつも以上に基本的な対策を意識することが重要です。咳やくしゃみをするときは,できるだけ人のいない方向を向いたり,ティッシュや肘の内側で口と鼻を覆うようにすることで周囲への感染を防ぐことができます。コロナ禍で学んだ対策をしっかりすればよいということになりますね。
Q.どうやって診断するの?治療は?
マイコプラズマ肺炎の診断は,実はそんなに簡単ではありません。まず症状を聞き取り,胸部X線検査や必要に応じてCT検査を行って肺の状態を確認します。
マイコプラズマ肺炎の患者さんの肺には「すりガラス陰影」「気管支肺炎像」と呼ばれる特徴的な像が見られることがありますが,これは他の病気でも見られるため,この影がでたから確定というわけにはいきません。
マイコプラズマ感染症の診断にはマイコプラズマ自体を見つける方法と,体の中にできたマイコプラズマに対する抗体を調べる方法があります。
マイコプラズマを見つける方法には,培養法,抗原検査法,PCR法などがありますが,培養法は時間がかかるので実際の診療の現場ではあまり使われません。現在はPCR法やLAMP法などが使われています。
抗体を調べる方法ではPA法やCF法,ELISA法などがあり,日本では感染後1週間程度で増える抗体に着目したPA法が急性感染をとらえやすいとされよく使用されますが,これも結果が出るまで時間がかかるため実際にはあまり活躍しません。
そのためマイコプラズマを直接見つけるLAMP法が有効とされていますが,そもそもマイコプラズマは下気道(のどの奥より下の気管や気管支)で多く増殖するばい菌で,鼻から綿棒をいれてとどく範囲の上気道には,そもそもあまり存在していないことがあります。そのため,上気道からの検体では捉えることが難しく,仮に検査が陰性であっても,本当に陰性な場合と,検査では捉えきれなかった場合とが起こり得ます。
結論としてマイコプラズマの診断は一つの方法だけではなく,臨床症状や地域の流行の仕方,ご家族や生活範囲での患者さんの有無,画像所見や検査所見などを組み合わせて,トータルで判断することが必要です。
マイコプラズマ肺炎の治療には,主に「マクロライド系」と呼ばれる抗菌薬が使われます。しかし最近ではこの薬が効かない「耐性菌」が増えてきており,その場合は「ニューキノロン系」や「テトラサイクリン系」の抗菌薬が使用されます。特に子どもにはテトラサイクリン系の薬は副作用のリスクがあるため,使うときには慎重に,メリットとデメリットを判断する必要があります。
咳がひどい場合には咳止め薬を,熱が高い場合には解熱薬を一緒に用いて,症状を緩和しつつ,抗菌薬でマイコプラズマをやっつける作戦です。
治療を受けている間は,体はマイコプラズマと必死に戦っています。余分な体力を使わないように体をしっかりと休め,高熱に対しては水分を十分に摂ることが大切です。
症状が治まってきたら入浴しても構いませんが,長時間の入浴は疲労や脱水につながるため,最低限の清潔を保つことを優先しましょう。ゆっくりお風呂を楽しむのはおすすめしません。症状がよくなったあとも,咳がでている間はマスクを着用し,周囲のひとに感染を広げないように注意することもマナーといえるでしょう。
Q.なにか生活上の注意点はある?
マイコプラズマ肺炎にかかると学校や部活動を休まなければならないことが多いです。マイコプラズマ肺炎は学校保健安全法の第三種の感染症に分類されており,出席停止の期間は「病状により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで」とされています。
つまり,明確な出席停止期間がないのです。強い咳が続いている間は他の人に感染を広げるリスクがあるため無理に登校するのは控えて,落ち着くまで休養を取りましょう。