院長コラム
Director's column
最新研究から学ぶ「急性好酸球性肺炎(AEP)」と
タバコ・加熱式タバコ(HTP)の真実
皆さんの健康と直結する「急性好酸球性肺炎(AEP)」という特殊な肺炎,ご存じですか?特に若者世代で関心が高い加熱式タバコ(HTP)との関係について,最新の医療文献を参考にしながらお伝えします。
AEPは決して「他人事」ではありません。なぜならこの病気はタバコを吸い始めたばかりの若者に多く発症することが昔から知られているからです。それに加えて最近話題になっていることとして,加熱式タバコに切り替えることや,加熱式タバコを吸う量を急に増やすことが,命に関わる重症化リスクを高めるケースもあることなどが報告されています。
1. 急性好酸球性肺炎(AEP)って、どれくらい危険なの?
急性好酸球性肺炎(AEP)は白血球の一種でアレルギーに関わる好酸球(こうさんきゅう)が肺で異常に増えて急性の炎症を起こす病気です。
症状は突然の38℃近い発熱,咳,そして急に出現する息苦しさが特徴です。一般の肺炎でよく効く抗菌薬では改善せず,専門的な治療が必要です。
多くの場合ステロイド薬の投与により数日から数週間で症状は劇的に改善し予後は良好ですが,頻度はたかくないものの重篤な呼吸不全に陥るケースもあります。
2. 急性好酸球性肺炎とタバコ習慣の変化
定点把握はかぎられた病院や診療所での陽性患者数の平均値を出しています。厚生労働省は,今までのデータと定点把握後の感染者数の推移を比較できるようにするため,2022年10月から2023年5月7日までの「第8波」を含む感染状況のデータを,「定点把握」で集計し直し,参考値として発表しています。過去のデータは青色の棒グラフで示されています。黄色の棒グラフが,実際に定点把握に以降したあとの数字です。これをみても,5月下旬から少しずつ患者数が増えていることがわかります。
インフルエンザの場合は10人以上が注意報,30人以上が警報ですので,注意報水準に近づいているといえます。
2-1. HTPへの「切り替え」で発症したケース
従来の紙巻きタバコから加熱式タバコ(HTP)へ切り替えた直後にAEPを発症した症例が報告されています。27年間紙巻きタバコを吸っていた47歳の女性が,HTPに切り替えた直後に乾性の咳を発症し,その後AEPと診断された事例があります。この患者さんはHTP喫煙中止とステロイド治療で回復しました。1)
2-2. HTPの「急な増量」で重症化したケース
喫煙習慣の期間が短い若者でもHTPの使用量が増えることでAEPが引き起こされています。20歳の男性が加熱式タバコを吸い始めて6ヶ月後,1日の喫煙量を2倍(40本)に急増させた2週間後にAEPを発症しました。3)
また別の報告では,16歳の男性がHNBC(加熱式タバコ)を吸い始めてわずか2週間で重度の呼吸不全となり,コロナで一時期話題になった,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とする超重症型ともいえる,「劇症型AEP」を発症しました。これはHNBCが命にかかわるAEPを誘発する可能性があることを示唆しています。4)
これらの症例報告は,加熱式タバコが紙巻きタバコと同様,あるいはそれ以上の急速な病態の進行を引き起こす危険性があることを示しています。
2-3. HTPは本当に安全なの?
加熱式タバコは「従来のタバコよりも有害物質が少ない」として宣伝されることがありますがケースレポートの考察ではその安全性に疑問が投げかけられています。
HTPは従来のタバコと比較して有害物質の放出レベルが低いものの,毒性化合物は完全には排除されていません。
従来のタバコの煙と比較してプロピレングリコールやアセナフテン(多環芳香族炭化水素の一種)など,一部の毒性物質のレベルがHTPの排出物中で実際に増加していたという報告もあります。
若者の間でHTPの使用が増加しているため我々医療従事者は,ときにAEPの原因のひとつとして,HTPを考慮しなくてはいけないかもしれませんね。
3. タバコは若者に有害です
急性好酸球性肺炎(AEP)のように急激な重症化リスクがある病気以外にも,タバコ(紙巻き,加熱式問わず)は皆さんの呼吸器に悪影響を及ぼしています。
香港の若者(平均年齢14.8歳)を対象とした大規模な調査では「過去12ヶ月間に3ヶ月連続で頻繁な咳や痰があった」という持続的な呼吸器症状とタバコ使用との関連が調べられました。
その結果紙巻きタバコ使用者もHTP使用者も,非使用者と比較して呼吸器症状を報告する割合が高いことがわかりました。
特に注目すべき点は次の通りです。
- 非喫煙者でもリスク増大:紙巻きタバコを吸ったことがない若者において,HTPの使用は,非使用者と比較して呼吸器症状のリスクが88%も増加していました。
- HTPは紙巻たばこより安全とはいえない:HTPのみを使用していた若者は,紙巻きタバコのみを使用していた若者よりも,持続的な呼吸器症状がある割合が高いことが示唆されました。
- 切り替えによる健康リスクは減らない:紙巻きタバコの代わりにHTPをつかっても,健康リスクが減らない可能性が示唆されています。
この研究はAEPを特定したものではありませんが、加熱式タバコが従来のタバコと同様に、若者の呼吸器に持続的な悪影響を及ぼすことを明確に示しています。
まとめ:賢い選択と予防策
急性好酸球性肺炎は適切な治療を受ければ回復しますが,重症化すれば呼吸状態に大きな影響をおよぼし,稀ですが命に関わる危険性もあります。その最大の誘因の一つが紙巻き,加熱式どちらも含んだ「タバコ」です。
皆さんにとって最も大切で確実な予防策は,「タバコを吸い始めないこと」です。もしタバコを吸い始めて数週間以内に,急な発熱や咳,息苦しさを感じたら,すぐに病院を受診し医師に喫煙歴を正直に伝えてください。大丈夫です。未成年でもそのことを叱ったりしませんから。
タバコは「害が少ない」と謳われる製品であっても,若者の呼吸器に深刻な影響を及ぼす可能性があることを,この最新の情報を踏まえて理解しておきましょう。
出典一覧
1)Tomoko Tajiri, et al., Acute Eosinophilic Pneumonia Induced by Switching from Conventional Cigarette Smoking to Heated Tobacco Product Smoking (Intern Med, 2020)
2)一般社団法人日本呼吸器学会「C-03 好酸球性肺炎」
3)Takahiro Kamada, et al., Acute eosinophilic pneumonia following heat-not-burn cigarette smoking (Respirology Case Reports, 2016)
4)Toshiyuki Aokage, et al., Heat-not-burn cigarettes induce fulminant acute eosinophilic pneumonia requiring extracorporeal membrane oxygenation (Respiratory Medicine Case Reports, 2019)
5)Lijun Wang, et al., Characterization of Respiratory Symptoms Among Youth Using Heated Tobacco Products in Hong Kong (JAMA Network Open, 2021)
6)近畿中央呼吸器センター「好酸球性肺炎」




