院長コラム
Director's column
百日咳が流行っているってニュース,しっていますか?

2025年4月12日現在静岡県では島田市で女優の広末涼子さんが暴れたニュースが身近ですが,実はそんなニュースの裏で,百日咳が流行しているというニュースがあること,ご存じですか?
東京都感染症情報センターHPからの情報では,過去5年でもっとも患者数が増えています。

百日咳は一般的に小児で問題となることの多い病気ですが,大人にも感染はおこり長引く咳が問題となる特徴があります。風邪や気管支炎と判断されやすく,気づかないうちに周囲へ感染を広げることも。今回は百日咳の特徴や実は難しくて悩ましい診断方法,予防法,治療についてご案内します。
百日咳とは?
百日咳は,百日咳菌(ボルデテラ・パーツシス Bordetella pertussis)というばい菌によって引き起こされる感染症で,長引く強い咳が特徴です。子どもに多い病気ではありますが,最近では大人の感染も増えています。
日本では幼少期にワクチンを接種していることが大多数ですが,その効果は年数とともに下がっていき免疫が落ちると成人でも簡単に感染します。
大人に多い症状と日常生活への影響

子どもの百日咳では,「ヒュー」という特徴的な呼吸音が有名ですが,大人ではこの症状がはっきりせず,長引く風邪と見分けをつけるのが困難です。咳は痰をともなわず,夜間に悪化しやすく,睡眠の邪魔になったり,胸の痛みの原因や疲労感につながったりすることもあります。
咳って結構日常生活への負担が大きいですよね。仕事や家事がはかどらないという患者さんも少なくありません。また知らないうちに感染に気づかず他人にうつすリスクもあります。
経過と主な症状
- 初期(カタル期:1~2週間):風邪に似た鼻水や軽い咳や微熱。
- 咳発作期(痙咳期)(2~4週間):激しい咳が連続する時期。
- 回復期(長いと1~2か月):咳が徐々に軽くなりながら続く。
診断方法

問診や聴診のほか,鼻から綿棒をいれて鼻咽頭ぬぐい液によるPCR検査をしたり,血液検査による百日咳の抗体価の測定を行うこともあります。症状が強い場合には,胸部X線や胸部CTで他疾患がないかの確認作用も要することがあります。でもこの診断,じつは言うほど簡単じゃないんです。
「百日咳の診断はなぜこんなに難しいのか?」
この病気って,診断をつけて有効な治療にむすびつけるのはそんなに簡単じゃないんです。せっかく診断をつけても,そのころにはもう治療のタイミングを逃しているなんてことも。
原因となる百日咳菌を見つけるためには主に3つの検査法があります。
- 菌の培養検査:理論上は完璧。でも現実は厳しい!
菌そのものを,綿棒を使って鼻や喉から採取して,特殊な培地(寒天のような菌のエサ)で育てる方法です。「ボルデ・ジャング培地」や「CSM培地」などを使い,うまく育てば百日咳菌が見つかって確定診断となります。ただし…この方法,成功率はあまり高くありません。たとえ菌の多い乳児でも,菌が検出できるのは6割以下という報告もあります。ワクチン接種済みの人や大人の患者はさらに検出が難しく,しかも菌は初期(カタル期)にしか出にくく,咳がこまってようやく病院を受診する時期である咳発作期(痙咳期)に入ると、ほとんど見つからなくなります。
- 遺伝子検査:今の主流はコレ!
菌のDNAを増幅して検出する方法です。感度(百日咳を見逃さない力)は最も高いです。世界的にはリアルタイムPCR法が使われていますが,日本ではより簡便なLAMP法(ランプ法)という技術が開発され,保険適用となっています。LAMP法は機械がシンプルで早く結果が出るのが強みです。ただし検体は症状が出てから3週間以内にやはり綿棒を使って鼻の奥(後鼻腔~咽頭)から採る必要があります。これもタイミングがずれると,せっかくの検査の正確さが落ちてしまいます。
- 血液検査:体の反応から感染を推定する方法
菌そのものではなく,菌に対して体が作る抗体を調べる検査です。特に百日咳毒素(PT)に対するIgG抗体を測定します。やり方には2通りあります
1)急性期と回復期の2回の検査で抗体が2倍以上に増えていれば陽性。
2)または1回の検査で抗体の値が100EU/mL以上なら,百日咳と診断されます(※発症から2週間以上経過している必要あり)。
ただしこの方法も万能ではなく乳児やワクチン接種から1年以内の人には適さないとWHOも注意喚起しています。ちなみに日本では2016年からIgM・IgA抗体を調べる検査キットも保険適用となり、より早期の感染をとらえることが可能になっています。
皮肉なジレンマ「診断がついたころには,抗菌薬治療の意味がない?」
ここまでお読みになって,「なるほど、じゃあ頑張って検査すれば診断できるんだな」と思った方。あなたは正しい!でも実はここにもう一つの落とし穴があります。
百日咳に効く抗菌薬(マクロライド系)は,初期の段階(カタル期)に投与しないと効果が薄く,咳が激しくなってからでは,菌を殺しても症状は残ることが多いのです。つまり咳でこまってようやく病院を受診し,その後ようやく確定診断がついたころにはすでに抗菌薬の治療が有効な時期は過ぎている・・・これが百日咳診療におけるジレンマなのです。
治療とセルフケア
前段で記述した通り,マクロライド系抗菌薬が治療の第一選択です。特に初期の段階で服用すると感染拡大の予防につながります。ただしこれも前述のとおり,咳発作初期以降は抗菌薬が必ずしも有効ではなく,咳が長引くことが多いです。
ご自身でもやってみよう!セルフケア!!
- 室内の加湿・換気 ・就寝時,咳がつらいときには上体をやや起こす
- こまめな水分摂取 ・マスクや手洗いの徹底
これらは地味ですが,症状がつらい時の助けになったり,ほかの人へうつさない大事な工夫になります。
合併症と注意点
強い咳で肋骨が折れてしまったり,肋骨周囲の胸膜が痛み,咳をするたび,深呼吸をするたびに胸が痛んだりする方がいます。ひどくむせ返ると戻してしまうことや,激しい目の充血を起こすことも。家庭内では幼児や高齢者への感染を防ぐための注意が必要です。
予防とワクチン
子どもに接種されるDPTワクチンは大人にも有効です。年数とともに免疫が低下しますので,医療従事者や育児に関わる方,妊娠を考えている方は追加接種を検討してみるのもよいでしょう。
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