院長コラム

Director's column

誤嚥って,ご存知ですか?

食事をするときにはまず食べ物を口の中で噛んで,飲み込みやすく,消化し易い形にかえたあと,ごくんと飲み込んで,食道から胃袋に食べ物を運びます。これが通常ですが,飲み込むときに食べたものを誤って,空気の通り道である気管支にいれてしまうことを「誤嚥(ごえん)」といいます。

小児や高齢者,あるいは神経疾患などで飲み込みの機能が弱い人ではよく誤嚥を起こすことが知られています。

実はけっこうよくあることで,そして侮れない病気なんです。

Q.誤嚥性肺炎,身近な肺炎です!

誤嚥をすると,食べ物や,口の中の雑菌が気管支や肺などの気道に入り込んでしまいます。少量であればむせて咳と一緒に外にでますが,うまく外に出せないと肺で炎症をおこしてしまうことがあります。

これを「誤嚥性肺炎」と呼びます。

通常肺や気管支では,細菌などが暴れ回らないように,異物を排除する防御システム(免疫)が備わっています。そのため肺に異物が入ると,この免疫システムと異物の間で戦いが始まります。

これが炎症で,その結果が肺炎です。炎症によって自然に異物を排除できれば戦いに勝ったことになり,自然によくなるケースもありますが,自力では戦いに勝ちきれない場合には,医療の手助けが必要になります。

さらにこの免疫のシステムがつよく働きすぎてしまうと,今度はこの免疫が暴れまわってしまって,その結果命に関わるケースもあります。

高齢の方やもともと体が弱っている方の場合は,この異物と免疫の戦いが長時間に渡ると大きく消耗してしまい,身体が耐えきれなくなってしまうことがあります。そのため日本の死亡の上位には必ず肺炎がランクインしています。

 

Q.どういう人が要注意なの?

高齢者や,脳梗塞の後遺症,あるいはパーキンソン病などの神経疾患の患者さんは,飲み込みの機能がおちてしまい,誤嚥を起こしやすい状態にあります。これは気道の入り口にある喉頭蓋(こうとうがい)がうまく閉じないためです。

特に認知症の高齢者の方では,寝たきり状態になってしまうことも少なくありません。

飲み込むために必要な筋力が低下したり,あるいは「食事をしっかり噛んで飲み込む」という意識がしっかり働かないことで,誤嚥性肺炎になってしまう方が非常に多いです。

高齢に伴って食事をしっかり噛んで,しっかりと飲み込むことが出来ない,それによって生命を維持するのに十分な栄養がとれない状態ということは,一つの寿命の形ともいえるかもしれません。

 

Q.会話が少ないと,唾液がへる??

大分大学からの研究結果です(1)。この研究では,50代~60代の医師310人を対象としてアンケート調査を行っています。

若者ではなく,これから誤嚥を気にする年代の医師に「反復唾液嚥下テスト」というテストにチャレンジしてもらっています。

「反復唾液嚥下テスト」は口を水分などで湿らせた後,30秒の間にいったい何回唾液を飲み込めるかをチェックしたものです。

みなさんもやってみるとわかると思いますが,そう何回もできるものではありません。3回以上できれば正常です。これが2回以下の場合はうまく飲み込みができない「嚥下障害」の可能性があります。

この研究では医師を対象にしています。医師なら一般の方よりも,この研究の目的をしっかりとふまえて確実にやってもらえるだろうという見込みを踏まえて,より正確な研究にしようという試みです。一般の方にお願いすると,「いったいなんのためにやってるんだ?」ってなりそうですよね。

 

医師に対するアンケート結果では,反復唾液嚥下テスト12回という回答が最も多かったようです。ちなみに私は9回でした。12回嚥下するとなるとおよそ2秒に一回ですから,よほどお腹が減っていて,眼の前に好物のお鮨でもないと私には無理そうです。

この研究によると,12回以下の人は,13回以上だった人と比較すると,1日3時間未満の会話であることが多かったようです。つまり3時間以上話すかたのほうが,より多く嚥下ができるということになります。

 

さらに詳しい分析では,会話時間が少ないと誤嚥するリスクは1.86倍になるという結果もでているようです。この研究をまとめると,どうやら反復唾液嚥下テストの成績が悪い人,つまり唾液の量がすくなく,誤嚥のリスクになりやすい予備軍の人は,会話時間が少ないそうだという話になります。

この研究結果だけで全てを言い切ることは難しいですが,たくさん会話をして人とコミュニケーションをとることが,飲み込みの機能改善につながり,誤嚥してしまうリスクを減らすことができるのかもしれません。高齢者がいるご家庭では会話する時間を大切にしましょう。

(1) Hagiwara A, et al. Cureus. 2023 Oct 29;15(10):e47921.

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